阿智の仲間で作った無農薬米を被災地に届けました


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3月11日のあの日、畑から帰ってテレビを見ながら遅い昼食を摂っていたら、携帯とテレビが同時に緊急地震警報を発信した。
少し身構えていたら、すぐに家が横揺れし、座りのよくない本棚がこちらに向かってユラユラし始めたので、慌てて立ち上がって本棚を押さえながら外を見たら、停めてあった車も揺れている。
テレビは大きな地震が東北地方を襲い、津波の恐れがあるから避難するようにと報じている。
やがて、ヘリコプターは宮城県の平野部を襲う津波を中継し始めた。最初に目にしたのは、トンネルとハウスが津波にのみ込まれる様だった。トンネルの中の作物は何だろう、レタスか早出しの大根か。
津波は次に家をのみ込んだ。カメラは海と反対方向に向かって逃げていく車も追っていた。
画面は切り替わって、三陸各地を津波が襲う様を中継し始めた。目の前には信じられない光景が映っていて、今までみたことのない映像をみて、呆然としていた。

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福島と女川の原発のことが気になったが、テレビの一報は両原発とも緊急停止したということだったので、少し安心した。しかし、全電源を喪失した福島第一は冷却ができずに、その後次々と爆発して大量の放射能を撒き散らかすことになる。

未曾有の津波被害と、深刻な原発の事故を目にして、暫くは畑仕事が手に付かなかった。4月になって大分経った頃、田んぼを借りないかという話があり、田んぼは自家用に作っていて増やすつもりはなかったが、天の差配と思い借りることにした。新たに借りた田んぼでは、東北の被災地に送る米を作ることにした。被災地に対して何ができるかということを考えた時、津波にのまれて行く田んぼを見て、農家として米を作って届けることがやるべきことではないかと思った。そうでもしないと、心のおさまりがつかなかった。
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被災地に送る米を作る想いは独り善がりのことなので、最初は一人で作るつもりでいたが、阿智のグループの『どろんこ道』の仲間に相談したら、一緒にやると言ってくれたので、『支援米プロジェクト』と銘打って共同で作ることになった。

借りた田んぼの面積は8畝。前年まではコンバインによる全ワラカットのすき込みで、農協の栽培指針で作
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られていたため、肥料の残りがあると思い、油かす2袋のみの施肥。窒素換算で4kg。
荒起しをして、代掻きは二回行い、6月上旬にどろんこ道のみんなで手植えする。品種はこの地方で今年から作付される晩生の新品種『天竜乙女』。強健でイモチや倒伏に強いズクなし農家向け品種。
途中2回交代で2連の除草機を押し、その後はみんなでコナギを手取りで除草。イネミズゾウムシ、ドロオイムシの食害なく、追肥も無し。
部分的にほんの少しだけイモチに罹ったが、追肥をしなかったので倒伏もせず、コナギに勝ったので背丈が見事にそろい黄金色に仕上がった。
稲刈りは10月26日。ハザ干しして、脱穀したのは11月17日。予定通りに水分が落ちないのでヒヤヒヤしたが、何とか15%台にまで下がった。時間がないので米選せずに精米。クズ米、カメムシ斑点米、胴割れ米殆どなくピカピカの米に仕上がった。精米して5俵半(330kg)。みんなの力で豊作。やっとこれで被災地に米を届けることが出来る。


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11月24日夜、支援物資を満載して阿智を発つ。
自分たちの米だけではなく、せっかく行くのだから車に物資を満載にして行きたいと、村や商工会など村内の団体や個人に協力をお願いしたら、一台に積みきれないかと思うくらいの物資が集まった。有機農研の会員で、阿南町和合の三好さんからは3俵の米を託された。みんなの気持ちを車に積み込む。
メンバーは、前号の「阿智村便り」を書いた品川君、今号に書いている絹田君、地域おこし協力隊の牛丸君で、全員有機農研の会員でもある。それに、4月から7月まで石巻と気仙沼に行っていた連れ合いと私の5人。

夜通し走って、25日午前中、南三陸町志津川着。届先は絹田君に探して貰った。
「さかなのみうら」さんという方が、自ら被災しているにもかかわらず、地元の志津川で支援物資を配っていて、春から泊まり込んで三浦さんの手伝いをしている嶋津さんという方に米と林檎をお渡しする。
避難所が閉鎖され、避難者は仮設住宅に移ったが、個人避難宅を含め、まだまだ支援物資を必要としている人は多く、「さかなのみうら」さんたちの活動は続く。
漁港が機能を取り戻し、漁業が復興しなければ地元の雇用が再生されない。魚で暮らしてきた街はどこでもそうだろうが、港が再建され、漁が復活しなければ漁師は仕事を失い、魚がなければ水産加工業者も立ち行かなくなり、街の商店も客を失う。
話をきいて、TPPで専業農家の多い地域の農業が崩壊したら、その地域がどうなるかを想像する。

津波に襲われて荒涼とした風景の中に立ってみる。
ガレキは片付いていたが、動いている重機はなく、工事用の車も走っていない。復興は止まっているように見える。南三陸町の役場は鉄骨の骨組みのままだったし、この地区で再建されたのは、コンビニ一軒だけ。この景色からは、津波から蘇った町の姿は想像することができない。

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志津川をあとに、海沿いの道を気仙沼に向かう。
湾に作られた港はすべて津波に襲われている。田んぼで、海水に浸かった所はすべて作付が行われていない。海の近くの田んぼはガレキやヘドロの除去が大変だったと思うが、奥の田んぼは海水が一時的に浸かっただけのように見える。
津波の到達域から一段上の田んぼは無事稲刈りが終わっていて、運命の非情さを思い知らされる。
福島の農家が塩害の田んぼで稲を作ってちゃんと出来たという話を聞いたので、海水に浸かっただけの田んぼは、早期に除塩していれば作付できたのではと思ったのだが、田んぼは水路の保全管理など、集落の共同作業によって維持されているので、地域全体が甚大な被害にあって余裕がなかったのだろうか。

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大きな湾がひろがっていて、真ん中に大島を抱える気仙沼に入る。
漁港としての規模が大きく、人口も多い湾岸部の被害の甚大さには目を覆う。標高の低い、平らなところはすべて津波の襲われていて、鉄筋の建物以外は見渡す限り何もない。港近くは地盤沈下していて、そこら中に水たまりがあり、地下から海水が噴き出している。

志津川や気仙沼に限らず、津波に浸食された地域の復興計画は高台移転するのか、盛り土して地面を高くするのか、地域ごとに議論されているようだが、地域の合意形成が得られていないのか、あるいは三次まで決まった国の補正予算が現地では執行されていないのか、見た限りでは復興は全く進んでいないように見える。
復興が遅れれば、経済的あるいは社会的弱者へのしわ寄せが致命的なものになるに違いないが、被災地には政治が存在していないようだ。
復旧もままならず、復興には程遠いが、一部の岸壁が使えるようになって、カツオやサンマの水揚げが出来るようになったのは希望である。気仙沼に揚がったサンマもカツオも食べた。うまかった。

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気仙沼では、連れ合いがボランティアに行った縁で二ヶ所に支援物資を届ける。
一ヶ所目は、湾再奥の鹿折地区にあった老健施設の入所者が避難している病院。津波で多くの高齢者が亡くなり、入所者は転々と避難所を移り、三回目の移転でここに落ち着き、別な場所での再建を待つ。
二ヶ所目目は、しょうがい者の就労支援をしているNPO法人。定期的に支援物資を配布していて、持っていった米や林檎などを小分けして、翌日、取りに来た皆さんに配布する。

宿泊は、気仙沼と境を接する一関市室根にある聖公会の教会にお世話になった。
今回の件では被災地の継続的支援を行なっている聖公会とルーテル教会にお世話になったが、被災者支援の最前線で活動されている両教会の若いスタッフと交流して、二人とも長野県と有機農業に縁の深いことを知った。まるで、同じ有機農研の仲間と話しているようだった。
東北の教会で、二人の教会の活動家と、高遠饅頭と、同じ高遠の亀まんの違いについて議論するとは思わなかった。結論は、亀まんの方が美味いということで一致した。

室根地区は少し放射能が降った。教会の雨樋下や田んぼの水路を、持っていったガイガーカウンターで計ったら高い。1mの高さで線量を測ると下がるので、マイクロスポットを除染すれば、地域全体の線量は下がると思うのだが、どうもこの地域での除染は行われていないようだ。

帰りは少し遠回りして、岩手県の陸前高田の「奇跡の一本松」と、一部復旧してイカ釣り舟が並んでいる大船渡港を見てから27日に阿智に戻る。

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放射能の心配がなくなれば(そこが問題だが)、長い時間はかかるだろうが、いつか三陸の漁業は復興し、町は再生するだろう。
政治家はTPPなんぞにかまけていないで、被災地の一日も早い復旧・復興に力を集中して欲しい。気仙沼では未だに信号機がつかないで、警察官が手信号で交通整理をしている交差点があることを知っているのだろうか。

今回のプロジェクトは終わったが、私は何らかの形でこれからもずっと被災地に関わっていくことになる。それが、あの日に津波の映像を見てしまった者の宿命だと思う。
私のブログ『阿智村有機農業日記』でも写真付きで報告文を載せました。よかったらご覧ください。

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